ニセ科学が科学を装うのはある意味当然なんだよ
ニセ科学が科学を装うのはある意味当然なんだよ。
ニセ科学が科学を装うのは、呪術の基本法則に極めて忠実だからなんです。
ニセ科学は類感呪術そのものの組み立て方でできてます。
何かうまくいってることがあったら、似てればオッケー。うまくいってることと同じように見える儀式をしたらなんかうまくいく気がする。よしよし。
ここで重要なのは、ほんとうにうまくいくか、ではありません。
たとえ現代であっても、呪術的な「あれと似てるからうまくいきそう」「あれと似てるからやばそう」っていう感覚は人類が普遍的に持っちゃってるってことが重要なんです。
さて科学。結構うまくいってますよね科学。ちゃんと科学しようとするとしちめんどくさい前提条件付帯条件が色々ついて「あーならばこうだ!」って断言するのが色々と難しいのが普通の科学*1です。でも頭空っぽにしてバカになって考えてみて下さい。科学万能ですよ、今*2。
その(架空の)うまくいっている科学、の模倣をしたら呪術として立派に成立しますよね。だから、毎年一定数出現しては消えていく新型呪術の中には、当然に「科学の類感」から構成された呪術があるってわけです。
その上、呪術としての外見が薄れるから、従来の正統な呪術とは別の信奉者を獲得できる商売上の利点もついてくるんですよ。
- 飲んだら万病が治る、ルルドの泉の水
- 飲んだら万病が治る、πウオーター
呪術的には全く同一ですが、信奉してくれる人のorをとったら増えてるでしょ。今時ストレートな呪術ではなかなか信じてくれませんもの。
ね、科学を装わないわけいかないじゃないですか。